人類の歴史はいわゆる移動の歴史です。地球のそこかしこで、人間は移動を繰り返してきました。 そして移動する人間とともに、チーズの製法も離れた土地に伝わり、そこで定着し、発展を続けてきたわけです。
ある場所で伝統的な製法で作られているものと同じようなチーズが、遠い別の国で作られてたりします。例えばイタリア北部には近隣のスイスや南フランスのチーズに似たようなものがありますし、カマンベールやチェダー、パルメザン、フェタ、ゴーダ、エダム、モッツァレッラなどは今や世界中で作られています。
しかし同じような製法で作られているチーズでも、作られる地域によって、味は完全に同じものにはなりません。それはその土地で育つ家畜によってもたらされるミルクの質、ミルクをチーズに育てあげる微生物や気候などが地域によって異なるからです。 不幸にも、そうして各地で育ってきた伝統的なチーズ作りが、この200年ほどのあいだに壊滅的なダメージを受けました。その原因のひとつがチーズ製造の工業化、もうひとつが戦争です。
チーズ製造は19世紀の産業革命とともに、全世界で著しい工業化が進みました。また20世紀に入り、 二度の大戦の影響で、小規模な農家やチーズ工房の多くが閉鎖されました。
大量生産と手作りのチーズの違い
工場による大量生産と農家での手作り、その最も大きな違いは、ミルクの違いです。 チーズの大量生産には、複数の農場からミルクを集め、工場に輸送する必要があります。これにはタイムラグも生じますし、また搾乳から工場の生産ルートに乗せるまで複数の工程を踏むことになり、管理も複雑になります。
結果的にミルクは安全性を考え殺菌される傾向になります。殺菌されたミルクには培養された乳酸菌が使われ、元のミルクの素材の複雑な風味やその土地の風土が作り出す特色的な味わいは薄れていきます。つまり同じような製法で作られるチーズはどこで作られても同じような味に近づいてゆくのです。
これらは19世紀から20世紀半ばにかけて、ほぼ全世界のチーズ業界で起きた共通の問題だと言えます。
伝統的な手作りチーズの復活
そんな状況の中でしたが、農家で作られているチーズは完全に死に絶えたわけではありません。20世紀の終わりになり、小規模の農家や工房で、無殺菌のミルクを使い、伝統的な製法で作るチーズを復活させようとする動きも高まってきました。
現在も各地で新たな小規模のチーズ工房が次々に誕生し、増え続けています。これらの職人の手によって作られたチーズを「アルチザンチーズ(職人チーズ)」と呼びます。
このLesson7では世界各国のチーズ事情を知りながら、近年活性化しつつあるアルチザンチーズについて学んでいきたいと思います。
■Lesson7-1 まとめ■
- チーズの歴史は人類の移動の歴史と共にあり、人の移動と共にチーズの製法も離れた土地に伝わり、その土地で定着し、発展を続けてきた。同じような製法のチーズでも、土地で育つ家畜によってもたらされるミルクの質、ミルクをチーズに育てあげる微生物や気候などが地域によって異なるため、同じものにはならず独自の発展を遂げ、現在は様々なチーズがある。
- 伝統的なチーズ作りが、この200年ほどのあいだにチーズ製造の工業化と戦争により壊滅的なダメージを受けた。
- 工場による大量生産と農家での手作りの最も大きな違いは、ミルクの違いである。
- チーズの大量生産のために必要となる大量のミルクは安全性を考え殺菌、培養された乳酸菌が使われることで、元のミルクの素材の複雑な風味やその土地の風土が作り出す特色的な味わいは薄れてしまう。
- 20世紀の終わりになると、無殺菌のミルクを使い、伝統的な製法で作るチーズを復活させようとする小規模の農家や工房が増え始め、これらの職人の手によって作られたチーズは「アルチザンチーズ(職人チーズ)」と呼ばれる。