Lesson7-4 イギリスのチーズ事情

世界で最もチーズの種類が多いのはフランスですが、ことハード系のチーズに関してはイギリスに軍配があがります。中でもチェダーはイギリスを代表するチーズとして世界的に有名ですが、19世紀半ばまではチェシャーチーズ(またはチェスターチーズとも呼ばれる)がイギリスで最も食べられているチーズでした。イギリス最古のチーズで、11世紀くらいにはあったようです。

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チェシャーからチェダーへ

中世イギリスのチーズ産地の三本柱として、イーストアングリア地方、それからチェシャー州を中心とする北部、そしてサマセット州をはじめとする南部があります。この中でイーストアングリア地方が最もロンドンに近いため、17世紀くらいまでロンドンで流通するチーズはほとんどイーストアングリア地方産のチーズでした。

ところがロンドンでバターの需要が高まり、農家がバター製造のほうに力を入れるようになったため、次第にチーズの品質が落ちてゆき、さらに1640年代の大洪水による乳牛の被害が重なって、イーストアングリア地方のチーズ製造はほぼ壊滅しました。

イーストアングリア地方に代わって新たにロンドンの商人が注目したチーズの入手先が北部でした。それまでイーストアングリア地方以外のチーズは主に地元で消費されていただけでしたが、17世紀の後半から一気に需要が高まり、その中でチェシャー州のチェシャーチーズがロンドンで人気を獲得し、1680年にはイギリスの地方からロンドンに送られてくるチーズの九割はチェシャーになったのです。

しかしチェシャー州はロンドンから遠く、輸送の途中で水分が蒸発して生地がボソボソになったり、熟成が進みすぎて品質が劣化することも多く、出来る限り大きくて保存がきくチーズの開発が必要となってきました。そのような中で、18世紀のはじめにまず高圧力のチーズ圧搾機がチェシャー州で開発され、続いて18世紀の半ば、フランスのカンタルチーズの製法をヒントに、カードを型に入れる前に細切れにし、塩をまぜこむ方法が使われはじめました。これらの技術革新によって、どんな大きなチーズも硬く圧搾でき、生地にまんべんなく塩を浸透させ、保存性を高めることに成功したのです。

これによってますますチェシャーは爆発的に流通し、19世紀にジョセフ・ハーディングがチェダー製造の大工業化で業界を席巻するまで、長らくチェシャーがイギリスのチーズ産業の中心でした。

このチェシャーの塩をカードに直接まぜこむ方式はそのままチェダーに受け継がれ、産業革命の波に乗ったチェダーの躍進がはじまるのです。その後チェダーが世界のチーズ産業に君臨し、イギリスの枠を超えて世界の代表チーズブランドのひとつになったことは周知の通りです。

このようにしてイギリスのチェダーは19世紀から20世紀にかけて全世界で起きたチーズ製造工業化の先駆けとなったわけですが、1980年代くらいから再び生乳を使って伝統的な製法で作るアルチザンチーズもイギリスで見直されてきています。

 

アルチザンチーズ from イギリス

コーニッシュ・ヤーグ(Cornish Yarg)

Monkey Business Images/Shutterstock.com

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イギリス南西部の端っこ、コーンウォールの新しい特産チーズ。1980年頃にグレイ(Gray)さんという方が作り、名前の綴りを逆にしてヤーグ(Yarg)と命名されました。生地が地元に自生するネトルの葉で覆われ、柑橘系の風味で食べやすく、濃い青緑と白とグレーの模様が美しいチーズです。これも近年イギリスで活発になってきたアルチザンチーズ復興のひとつと言えます。

 

■Lesson7-4 まとめ■

  • イギリスはチェダーを始めとするハード系のチーズが発展した国である。
  • チェダーチーズはチェシャー州のチェシャーチーズが元となっている。
  • チェシャーチーズは17世紀にロンドンで流行し、遠い道程でも品質を保てる大きくて保存がきくチーズの開発が必要となった。18世紀からはじまる技術革新により、どんな大きなチーズも硬く圧搾でき、生地にまんべんなく塩を浸透させ、保存性を高めることに成功した。これによりチェシャーがイギリスのチーズ産業の中心となる。
  • チェシャーの塩をカードに直接まぜこむ方式はそのままチェダーに受け継がれ、イギリスのチェダーは19世紀から20世紀にかけて全世界で起きたチーズ製造工業化の先駆けとなった。